【2008年11月20日(木)付】

北の地方は雪化粧し、暖地でも冷え込みがきびしい。大陸からの寒気とともに冬将軍の足音が聞こえてきた。〈国安く冬ぬくかれと願ふのみ〉。高浜虚子の一句を思い出す。暖冬を願うというより、「ひもじさ、心細さ」のない「温(ぬく)さ」の意味だろう▼この冬はどうか。不況の暗雲が列島を覆う。消費は縮み、雇用はゆらぎ、中小企業は資金繰りに苦しむ。政治は迷走する。そんな灰色の空に、今度は、不気味な黒雲がわき上がった。2人の元厚生事務次官宅を狙った殺傷事件である▼2人とも年金畑が長く、今の制度の骨格をつくった高級官僚だ。どちらも、犯人は玄関で問答無用に刺したらしい。東京と埼玉の現場は10キロと近い。共通点は、「連続」が偶然でないことを指し示している▼だが、それから先は分からない。年金問題をめぐるテロなのか、それとも違う目的なのか。同一犯か、別人か。「たら」と「れば」の推理でつなぐ事件像は、核心部が見通せない。無論いかなる理由にせよ、断じて許されぬ蛮行に変わりはない▼いまの世に吹く不況の風は、世界恐慌の始まった1929(昭和4)年を思わせるとも聞く。その年、いまブームの「蟹工船」が出版され、「大学は出たけれど」の嘆きが流行した。閉塞(へいそく)感の中でテロが横行するようにもなる▼冒頭の句を、虚子は戦前に詠んだ。暗い時代だが、どんな時でも人は幸福を求め、「冬ぬくかれ」を願う。人の権利でもあり、生きる営みそのものでもあろう。それを断ち切った犯行の反社会性と、そして卑劣を強く憎む。

【天声人語2008年11月20日 两位前厚生省高官家属遇害】

▼北の地方は雪化粧し、暖地でも冷え込みがきびしい。大陸からの寒気とともに冬将軍の足音が聞こえてきた。〈国安く冬ぬくかれと願ふのみ〉。高浜虚子の一句を思い出す。暖冬を願うというより、「ひもじさ、心細さ」のない「温(ぬく)さ」の意味だろう 北方的地域披上雪装,气候温暖的地方也气温骤降得厉害。从大陆飘来冷空气的同时,能够听到寒冬来临的脚步。想起了高滨虚子的诗〈只期望国家安度寒冬〉,与其说是期望暖冬,不如说是表达期望没有饥饿,不安。 ▼この冬はどうか。不況の暗雲が列島を覆う。消費は縮み、雇用はゆらぎ、中小企業は資金繰りに苦しむ。政治は迷走する。そんな灰色の空に、今度は、不気味な黒雲がわき上がった。2人の元厚生事務次官宅を狙った殺傷事件である 这个冬天会怎样?不景气的乌云笼罩着日本列岛。消费紧缩,雇用危机,中小企业的苦于资金流动。政治走上歧途。那灰色的天空中,这次涌来了可怕的黑云。发生了2位前厚生事务副部长在官邸被袭击刺伤的事件。 ▼2人とも年金畑が長く、今の制度の骨格をつくった高級官僚だ。どちらも、犯人は玄関で問答無用に刺したらしい。東京と埼玉の現場は10キロと近い。共通点は、「連続」が偶然でないことを指し示している 这两个人都是长期在年金领域从事工作,制定了现在年金制度的高级官僚。肇事者在官员的家门口没有过多问答就进行了刺杀。东京距离埼玉的出事现场不远,10公里。指明事件的共同点是并非偶然地连续发生。 ▼だが、それから先は分からない。年金問題をめぐるテロなのか、それとも違う目的なのか。同一犯か、別人か。「たら」と「れば」の推理でつなぐ事件像は、核心部が見通せない。無論いかなる理由にせよ、断じて許されぬ蛮行に変わりはない 但是,从这件事我们推断不出什么。是围绕年金问题的恐怖事件呢?还是另有其他目的呢?是同一犯罪人,还是不同犯罪人呢?带有猜测性的推断不能看透事情的本质。当然无论怎样的理由,都可以断定这是不可饶恕的暴行。 ▼いまの世に吹く不況の風は、世界恐慌の始まった1929(昭和4)年を思わせるとも聞く。その年、いまブームの「蟹工船」が出版され、「大学は出たけれど」の嘆きが流行した。閉塞(へいそく)感の中でテロが横行するようにもなる 听说,现在社会上不景气的景象让人想到了于1929年(昭和4年)开始的世界恐慌。现在流行的《蟹工船》在当年被出版发行。当时流行「虽然大学毕业了(但无所事事)」的感叹,在闭塞感中恐怖事件经常发生。 **▼冒頭の句を、虚子は戦前に詠んだ。暗い時代だが、どんな時でも人は幸福を求め、「冬ぬくかれ」を願う。人の権利でもあり、生きる営みそのものでもあろう。それを断ち切った犯行の反社会性と、そして卑劣を強く憎む。 **

本文开头的诗是高滨虚子在战前所写。昏暗的年代里,无论何时人们都渴望幸福,期待暖冬。这是人的权利,也可以称为生存本身的意义。那个断然的犯罪的反社会性和卑劣性让人强烈憎恶。

冬将軍 冬将軍(ふゆしょうぐん)とは、厳しい冬の様子を擬人化した表現。日本では特に、冬季に周期的に南下する北極気団(シベリア寒気団)を指す。 日本では、冬将軍が到来すると、日本海側に強い降雪をもたらし、太平洋側では乾燥した北西風が吹き荒れる。標高の高い関東山地を越え雪雲が東京に流れ込むことは少ないが、回廊のような地形である関ヶ原は雪雲の通り道となり、名古屋周辺の地域に降雪をもたらす。 朝鮮半島や中国東北部では、冬将軍は三寒四温となって現れる。 蟹工船 蟹工船(かにこうせん)は、1929年に全日本無産者芸術連盟の機関誌である雑誌『戦旗』で発表された小林多喜二の小説である。いわゆるプロレタリア文学の代表作とされ、国際的評価も高く、いくつかの言語に翻訳されて出版されている。 この小説には特定の主人公がおらず、蟹工船にて酷使される貧しい労働者達が群像として描かれている点が特徴的である。蟹工船「博光丸」のモデルになった船は元病院船の博愛丸である。 高浜 虚子 高浜 虚子(たかはま きょし、明治7年(1874年)2月22日 - 昭和34年(1959年)4月8日)は明治~昭和期の俳人、小説家。本名・高濱 清(たかはま きよし)。 ホトトギスの理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。