【2008年12月8日(月)付】
中国の西域にある崑崙(こんろん)山脈を訪ねた20年ほど前、最奥の兵舎に一夜の宿を借りた。荒涼とした風景に囲まれた夕まぐれ、だれが吹くのだろう、笛の音が流れてきた。聞くうちに「北国の春」だとわかり、思いがけず郷愁に浸ったのを覚えている▼アジア各国でも流行(はや)ったその曲をはじめ、亡くなった遠藤実さんの旋律には、琴線をつまびくような哀楽が漂う。哀の中から楽が芽吹き、楽はまた哀を内に秘める。自らの来し方を語るかのような趣が、そのメロディーにはあった▼貧しい家に育ち、小学校を終えると働きに出た。見習工をしながら通信教育用の中学校教科書を買い、校章に似た付録のバッジを帽子につけて悔しさをまぎらわせたと、自伝『涙の川を渉(わた)るとき』につづっている▼のちに「高校三年生」のヒットを生むが、自身には学園生活の思い出がなかった。あの曲は、自らの「失われた青春」への賛歌でもあったそうだ。だからだろうか。明るさの中にひそむ淡い哀調を、わが耳は感じてきた▼「からたち日記」「せんせい」「くちなしの花」。遠藤さんが去って、また一歩、「昭和」は遠ざかる。〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉。中村草田男の名句は明治が終わって19年後に詠まれている。いま平成20年。昭和は遠く……の感はいよいよ募る▼「雨が降って、雪が降って、天も泣いてほしかった」。苦楽をともにした妻節子さんの旅立ちを、悲しみのきわみで見送って15年。そろそろ天上で再会を果たし、二人三脚で駆け抜けた昭和を懐かしんでいる頃だろうか。
【天声人語2008年12月8日 著名作曲家远藤实逝世】
▼中国の西域にある崑崙(こんろん)山脈を訪ねた20年ほど前、最奥の兵舎に一夜の宿を借りた。荒涼とした風景に囲まれた夕まぐれ、だれが吹くのだろう、笛の音が流れてきた。聞くうちに「北国の春」だとわかり、思いがけず郷愁に浸ったのを覚えている。
约在20年前访问位于中国西部的昆仑山脉时,我在最深处的兵营借宿过一宿。在被荒凉的风景包围的黄昏中,不知道是谁在吹奏,笛声缓缓流淌而来。听着听着我便明白那是『北国之春』,情不自禁沉浸在乡愁中。
夕(ゆう)間暮(まぐ)れ:黄昏、薄暮
思いがけず:出人意料,想不到
▼アジア各国でも流行(はや)ったその曲をはじめ、亡くなった遠藤実さんの旋律には、琴線をつまびくような哀楽が漂う。哀の中から楽が芽吹き、楽はまた哀を内に秘める。自らの来し方を語るかのような趣が、そのメロディーにはあった。
以这首在亚洲各国流传的曲子为首,在已故的远藤实先生的旋律中,飘荡着以指轻拨琴弦般的哀伤。在哀愁中萌生喜悦,而喜悦中又隐藏着哀愁。在那样的旋律中,他好像诉说着自己的过去。
爪弾(つまび)く:用指甲弹
芽吹く:刚刚发芽
来し方:过去
▼貧しい家に育ち、小学校を終えると働きに出た。見習工をしながら通信教育用の中学校教科書を買い、校章に似た付録のバッジを帽子につけて悔しさをまぎらわせたと、自伝『涙の川を渉(わた)るとき』につづっている。
在自传『涉过泪的河』中这么写道:我在贫穷的家中长大,念完小学便开始工作。一遍做着见习工人,又买了函授教育的中学课本,在帽子上戴着类似校徽一样的徽章来补偿没能上学的遗憾。
通信教育(つうしんきょういく):函授教育
バッジ:[英] badge 徽章、纪念章
紛(まぎ)らわす:紛(まぎ)らす的强调形式 1、掩盖 2、消除
▼のちに「高校三年生」のヒットを生むが、自身には学園生活の思い出がなかった。あの曲は、自らの「失われた青春」への賛歌でもあったそうだ。だからだろうか。明るさの中にひそむ淡い哀調を、わが耳は感じてきた。
虽然之后创作了大受欢迎的『高中三年生』,但他自身却没有校园生活。那些歌曲其实是对自己『遗失的青春』的赞歌。也正因为如此,我能听出在那明快的曲调中透出淡淡的哀伤。
後(のち):以后、后面
ヒット:[英] hit 大受欢迎
賛歌(さんか):颂歌、赞歌
潜(ひそ)む:隐藏
▼「からたち日記」「せんせい」「くちなしの花」。遠藤さんが去って、また一歩、「昭和」は遠ざかる。〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉。中村草田男の名句は明治が終わって19年後に詠まれている。いま平成20年。昭和は遠く……の感はいよいよ募る。
留下了『枸橘日记』、『老师』、『栀子花』等歌曲,远藤先生走了,又离『昭和』远了一步。中村草田男的名句“每一场雪都令明治更加遥远”是作于明治年代后19年。如今是平成20年。昭和正不断远去的感受渐渐强烈。
からたち:枸橘
くちなし:栀子
詠(よ)む:作(诗)、吟、咏
募(つの)る:越来越强烈
▼「雨が降って、雪が降って、天も泣いてほしかった」。苦楽をともにした妻節子さんの旅立ちを、悲しみのきわみで見送って15年。そろそろ天上で再会を果たし、二人三脚で駆け抜けた昭和を懐かしんでいる頃だろうか。
『落雨、飘雪、真想天都一起哭泣。』现在距离他悲痛至极地告别与他同甘共苦的妻子(远藤)节子已经有15年了。我想也差不多该是他们在天上相会,一同怀念当初两人三脚奋力穿越昭和时代的时候了吧。
極(きわ)み:尽头、顶点
駆(か)け抜(ぬ)ける:(从中间)跑过去
——————相关背景——————
遠藤 実(えんどう みのる、1932年7月6日 - 2008年12月6日)は戦後歌謡界を代表する日本の作曲家である。
代表曲に『北国の春』(唄:千昌夫)がある。
東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区向島)に生まれ、第二次世界大戦時に新潟県西蒲原郡内野町(現在の新潟市西区内野)にて疎開生活を送っていた。
1949年、17歳の時上京。ギターを携えて流しの演歌師に